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大井町 昭和から今

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2017-05-10

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平成22年 荏原七福神めぐり

日時:2010年1月9日(土)
   午前10時 大井町駅集合

品川たんけん隊の新年初イベント!
今回は、品たんメンバーだけで、七福神巡りをしてまいりました。
天候にも恵まれて、絶好の散歩日和。
朝10時に大井町駅で集合し、西小山に到着したのが午後2時30分。
お正月で食べ過ぎた?体の為にも、ちょうどいい運動になりました。

◀絵の部分をクリックすると全体がご覧になれます。

●大井蔵王権現神社→東光寺→養玉院→上神明天祖神社→法蓮寺→摩耶寺→小山八幡神社●

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大井蔵王権現神社(福禄寿)
立会道路に面している。創建年代は不明。江戸後期の雑誌『新編武蔵風土記稿』に「蔵王権現社、(大井村)の北の方にあり、祭礼毎年9月3日神酒を供す、この社あるにより此のあたりを権現台と呼べり」とあり、大井権現台の地名の由来となった神社である。平成3年(1991)に制定された「荏原七福神」の福禄寿が祀られている。
(しながわの史跡めぐりより)


LinkIcon大井蔵王権現神社

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東光寺(毘沙門天)
東光寺は比叡山延暦寺の末寺にて、久遠山不動院東光寺と称し、開山は天文13年(1534)什仙上人により創建された寺である。
古くは大井から荏原へ通じる道筋にあり、近くに立会川が流れのどかな風情が残っていた。
現在の本堂は、文化10年(1813)に浄権大僧都の再建されるものである。
(東光寺プロフィールより)


LinkIcon東光寺

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養玉院如来寺(布袋尊)
養玉院は寛永12年 (1635) に創立された、 上野寛永寺の塔頭三明院がその前身で、 開山として天海を
迎えていますが、 寺を創立したのは天海の弟子賢海、 二代目は賢海の弟子念海であります。 元禄11年
(1698) に下谷坂本に移って養玉院と改め、 この頃対馬の領主宗家の菩提寺となりました。
大正12年(1923) 如来寺と合併して、 現在の場所に移りました。


LinkIcon天台宗養玉院

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上神明天祖神社(弁財天)
創建に関しては明らかになっていないが、言い伝えによると鎌倉時代の文永八年(1271年)に北条重時の五男・時千代が、仏門に入り法圓上人となり、大森(現在の大田区)に厳正寺を開き、その家臣が蛇窪(現在の当地付近)に住み着いた。後の元亨2年(1333年)に厳正寺の僧侶が池の竜神へ雨乞いの祈願したところ、慈雨が降ってきたのでそれに感激した時千代の旧臣らが当地にも神社を勧進し祀ったというのが始まりであるという。

LinkIcon上神明天祖神社

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法蓮寺(恵比寿)
鎌倉時代の中期、文永年間(1264〜75)に、荏原左衛門義宗の末子であった朗慶(徳次郎)上人を関山に、荏原氏の居館を寺として創建されたと伝えられる。旗岡八幡神社とともに源氏ゆかりの寺として「八幡山」の山号が付けられ、近隣の中延5丁目、6丁目付近には「源氏前」という古い地名が残されている。
荏原七福神のうち、恵比寿神が祀られている。


LinkIcon法蓮寺

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摩耶寺(寿老人)
江戸・寛永年間(1661~73)創立で、荏原七福神の一つ(寿老人)。江戸・天保年間(1820~43)に建てられた摩耶堂に祀られている「木造摩耶夫人立像」は、延宝6年(1678)造立、高さ36.9cmの人形様式で、区の有形文化財に指定されています。





LinkIcon摩耶寺

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小山八幡神社(大黒天)
言い伝えによると、長元3年(1030年)頃に源頼信がこの地に誉田別尊を氏神として奉ったのが始まりであるという。後に妙見菩薩も誉田別尊と並んで祀られたので、妙見八幡ともこの地の旧名を採って池の谷八幡とも呼ばれ、妙見菩薩は明治時代の神仏分離令により、隣接してある別当寺(摩耶寺)に移された。
境内は小高い丘(古墳跡といわれている)の上に位置しているため『小山』と呼ばれそれが現在の近辺の『小山』の地名の由来になった。

LinkIcon小山八幡神社

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荏原七福神巡りの色紙と絵馬
大井蔵王権現神社で、色紙を購入。一つずつ朱印をいただきながら、
七福神をお参りします。
大人のスタンプラリー開始!です。なかなか立派な朱印と色紙の文字に『福』をいただきながら満願♪
満願の絵馬を頂戴しました。