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大井町 昭和から今

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2017-01-19

平成24年 品川たんけん隊の七福神巡り

日時:平成24年1月7日(土) 正午
場所:JR田町駅東口 ちぃバス乗り場に集合

コース:田町駅→赤羽橋→宝珠院(230m)→熊野神社(400m)→十番稲荷神社(985m)→大宝寺(350m)→氷川神社(340m)→
    → 櫻田神社(965m) → TV朝日/毛利家庭園(310m) → 天祖神社(600m) → 六本木ミッドタウン(170m) →
    → 氷川神社(590m) → 南部坂経由/久国神社(420m)

987456.jpg
品川たんけん隊のメンバーとインターネットでホームページをご覧になって参加してくださった方達
とご一緒に七福神巡りを行いました。
ビルの谷間では冷たい風に手こずりましたが、まずまずの天候での初あるきでした。
全長約4kmの行程。モダンなビル群の間にひっそりと神社やお寺があり「えっ、こんなところに!」
と言う楽しい発見の多い七福神でした。

houjyu.jpg宝珠院/弁財天


1685年 増上寺30世霊玄上人が弁天堂を建立
 三井寺の開山智証大師が八五八年竹生島で奇縁に依り彫られ、その後源氏に伝わり再興に当たり頼朝公
深く信仰し天下を平定される。

bentendo.jpg弁天堂


また、徳川家康公も厚く信仰され天下の平和を築かれ除波辨才天を改め出世 辨才天と改称されました。
一心に崇敬拝する者に開運出世巳成金福壽円満厄難消滅縁結びの利益を授けられ現在港区七福神の一つに
制定されている。

103101157.v1325916653.jpg熊野神社/恵比寿天


15世紀後半に太田道灌により再建
創建養老年間(717~724)あるいは応永年間(1394~1428)
文明年間(1469~1487)に太田道灌によって再建。
江戸時代は寛永寺支配下の許にあった。

狸穴の南を西へ歩き、国道1号線を抜けるとアオイスタジオ前から麻布十番に出ると右に十番稲荷神社が建つ。ここはおまけの宝船。信号を渡ると最中アイスや鯛焼きの浪花屋総本店や豆源の店。この先にパティオ十番に赤い靴のきみちゃん像がある。ここを右に大黒坂を上がると右に大法寺、さらに一本松坂を上がると氷川神社に着く。

kimi20101130-11ss.jpg赤い靴のきみちゃん像


誰もが知っている童謡「赤い靴」、この詩は大正10年(1921)に野口雨情によって書かれ、翌大正11年(1922)に本居長世が作曲したものです。この赤い靴の女の子にモデルのあることが明らかになったのは、昭和48年(1973)11月、北海道新聞の夕刊に掲載された、岡そのさんという人の投稿記事がきっかけでした。
LinkIcon詳しくはこちら

10baninari.jpg十番稲荷神社


十番稲荷神社(じゅうばんいなりじんじゃ)は、もと末広神社(旧坂下町鎮座)および竹長稲荷神社(旧永坂町鎮座)です。両神社は、昭和20年4月15日に戦災に遭い焼失、昭和25年6月復興土地区画整理により、両社境内地を現在地に換地、隣接指定されました。
LinkIcon麻布十番稲荷神社HP

daihoji.jpgdaihoji.jpg大法寺/大黒天


慶長2年(l597)11月の創立。開山慈眼院日利。
江戸時代は赤門寺と呼ばれ、5世妙乗院日亮が伝教大師作と伝えられる三神具足の大黒天を祀り、甲子縁日には大変賑わった。
LinkIcon大法寺について

元麻布からテレ朝通りを青山通り方面に行き櫻田神社に着く。六本木ヒルズ内の毛利家庭園を抜けて天祖神社へ。

mouriteien12.jpg毛利家庭園


 LinkIcon毛利甲斐守邸跡について

800px-Mori-teien_0118.jpg毛利家庭園2
kotizu.gif古地図
hikawa.jpg氷川神社/毘沙門天


942年 源経基により鎮座
天慶5年(942年)、源経基が平将門の乱平定のため東征した折、武蔵国豊島郡谷盛庄浅布冠の松(現麻布一本松)の地に創建されたと伝えられる。他方で、文明年間(15世紀後半)に太田道灌が勧請したという説もある。2,000坪以上の社有地を有したといわれるが、創建地が増上寺の所領となり、万治2年(1659年)当地へ遷座した。江戸時代は、江戸七氷川に数えられた。

hikawa2.JPG氷川神社本殿前


LinkIcon氷川神社について

sakurada.jpg櫻田神社


1180年 源頼朝の命により鎮座
源頼朝の命により、渋谷庄司重国が霞山(現在の霞ヶ関桜田門外)に祀ったことに起こるという。
文治5年(1189)奥州征伐の奉賽として、源頼朝より30貫の田地を寄進された。この御神田の境界に桜を植えたところ、その桜が見事に咲き誇ったことから「桜田」と讃え、村の名も桜田村と称したとされる。
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六本木ヒルズに対抗して防衛庁跡地に三井不動産が六本木ミッドタウンをオープン、赤坂・溜池地区を含めた多極ビジネスショッピングモールを形成。檜町公園を抜けて氷川神社へ。氷川神社の北側に勝小吉や海舟の屋敷跡がある。

tenso.jpg天祖神社/福禄寿
南北朝時代に城山に鎮座、秀忠により移転
この天祖神社(龍土神明宮)の御祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)で、 今から約六百年前、南北朝の後小松院の御代、至徳元年八月十六日に、 芝西久保、飯倉城山(ホテル・オークラの南側付近)に、 はじめて祀られたものと伝えられています。
LinkIcon詳しくはこちら

hisakuni.jpg久国神社/布袋尊
1465年 後土御門天皇の命により鎮座
久国神社は、後土御門天皇が寛正6年(1465)溜池に祭り、その後永禄3年(1560)に現在地に移転。道灌が名工久国作の宝剣を寄進したことにより久国稲荷大明神として崇敬されています。正面拝殿の額は勝海舟の筆によるものです。
外国人の多い六本木とあっておみくじの裏は英語で記載されています。
大吉は〈EXCELLENT〉、吉は〈VERY GOOD〉

忠臣蔵の討ち入りの前日大石内蔵助が訪ねた揺泉院は、実家浅野土佐守屋敷に幽閉され、この屋敷跡が氷川神社になる。境内の大銀杏を見学し南部坂を下って久国神社へ。